2023年10月11日水曜日

ブラック・オパール



 

ブラック・オパール

 作詞作曲: Haya

 歌: 結月ゆかり


そっと夢 咲かせたの 光る銀河 閉じ込めて

あの子が 眺めてる 月の女神 首飾り


夜の花 輝き 風の中 妖精

さあこの世忘れて


あの子の目は ブラックオパール 

星の心臓 燃えた夜

孔雀の羽 散乱して 

狂った色の 夢が煌く



死んでも 夢見るの 青い蝶々 永遠に


呪われた宝石 夜に舞う幻

さあ黒い翼で


夢の中へ 逆さの塔 

死んだ鳥たち 飛び交って

壊れた空 骨の雨に 

騒いだ霊が 月に歌うよ



夜の花 輝き 風の中 妖精

さあこの世忘れて


あの子の目は ブラックオパール 

星の心臓 燃えた夜

孔雀の羽 散乱して 

狂った色の 夢が煌く

2023年10月9日月曜日

メタファー的世界観

 冬のある日、幼い子供が、降ってくる雪をみて、雪を「ちょうちょ」と表現したとしたら、これは一種のメタファーであるといえる。


フロベールは弟子のモーパッサンに「世界には一つとして同じ木、同じ石はない」と教えた。具体的な個々の雪は、大きさも、色も、それを構成する結晶の形も光の反射の具合も、他の個々の雪とは同じものは一つとしてない。その全て違うたくさんの個々の雪を人間が観察していく過程で、類似のあるいは共通の性質だけが抽象されて、細かい相違点は切り捨てられ、一般的抽象概念としての雪ができる。前人間的に雪という抽象概念があって二次的に個々の雪があるのではなく、たくさんの個々の雪をたくさん人間が見て知ることによって、人間は個々の雪を抽象しながら雪に対しての、ニーチェ風に言えば一般的な遠近法(=perspective 以下、perspective のことを遠近法と記すことにする)を"創出し"、そうやってはじめて抽象概念としての雪ができあがった。ところで先ほどの子供の雪の形容において、ある雪を「ちょうちょ」と表現するときも、実は原理的にはまったく同じようなことがおこっているのである。


「多種多様な物事の中から、類似している点をとりあげ、類似していない点を捨てることによって概念がしだいに形成されて来るかぎり、比喩がその基盤になっている。」(ショーペンハウアー)


つまり、雪と蝶の性質の類似点(例えば、宙を舞うものという性質)を、子供が見つけ出し、雪のことを蝶と表現した。これは子供が創出した一つの遠近法、解釈法である。この場合の過程では「その子供が見た雪」と「蝶」という"二つの"ものの類似点が見つけ出されて子供は雪を蝶と表現したことになる。一夫、抽象的な概念としての雪は、"無数の"個々の雪の類似点が探され相違点が捨てられて、一つの遠近法として出来上がる。原理的には同じことが起こっているのである。


雪のような物的なものに関してでなくても一般的に認識や感覚や心理に関しての概念も同じく、そのようなことがいえる。たとえば「悲しみ」にもいろいろなものがあってどれ一つとして全く同じ悲しみはないが、似たような感情を集め抽象していくことによって、「悲しみ」という名詞が対応する一つの概念に統一される。白い猫と黒い猫は見た目として異なるが、「猫」という抽象概念によって「猫」という同じ名前が与えられる。「白い」という形容詞も、いろいろな個々の白い印象が抽象されてはじめて、できた概念に名付けられた言葉である。概念や名辞は、さきほどの子供の雪の形容やショーペンハウアーの引用文を考えるなら、大量のメタファー作業、つまり類似点を抜き出し相違点を無視する抽象の作業によって出来たものであるといえる。

2023年10月8日日曜日

消えたオパール

 一昨日の雨と一緒に振ってきたダイヤモンドを燃やして火をつけて、朝の風には烏の声、乱れたヴィーナスの髪がビルの線という線になった時、放火の雲、禁止の窓、座興の電線、それらの綾取りに絞殺され、渡り鳥の95番目が死んだ。大切にしまっていたブラックオパールを堕ちていく鳥の死体目掛け投げようか。

 

女「そのヴィオラの弓どこで盗んだん」

男「山の麓に落ちてたん拾ってきた」

女「それで何をするの」

男「弦の張力でブラックオパールを落ちてく鳥の死体に当てる」

女「馬鹿」

 

雲から滴った凍った精液が電柱と電柱が描く五線紙に絡んだとき、ヴィオラの弓は壊れ、オパールとともに音符を象ったので、彼は鳥の死体に興味を無くした。その大きな音符が浮遊し漂う空、雲に霞んだ太陽の仄かな眼光が雲の切れ間から光のハープを作っているところに、彼のニヒリズムは新しい音楽を当てはめて、空の下で営為する街並みに対して哄笑と殺しの歌を与えた。殺されたのは朝の囁かな音楽に嬉しそうに向かって飛んできた蛙一匹だけだった。


格調高いコンサートホールでの偉大な音楽や奏者への恐怖から解放されたヴィオラの弓は、壊れながらも楽しそうに、彼の腕の気まぐれのままに、哀れな蛙の首の後ろ側を刺し貫いた。蛙の死体を投げた彼は、ただただ悲しくなったが、悲しみの対象は蛙の霊魂でも自身の良心でもなく、マグマから空高くまで監獄とされてしまった地球がやっと不意に遊ぶことのできたひと時を、彼の悪戯が壊してしまったかもしれないこと、そのことにふと大きな悲しみを感じたのだった。火をつけろ。