2023年10月8日日曜日

消えたオパール

 一昨日の雨と一緒に振ってきたダイヤモンドを燃やして火をつけて、朝の風には烏の声、乱れたヴィーナスの髪がビルの線という線になった時、放火の雲、禁止の窓、座興の電線、それらの綾取りに絞殺され、渡り鳥の95番目が死んだ。大切にしまっていたブラックオパールを堕ちていく鳥の死体目掛け投げようか。

 

女「そのヴィオラの弓どこで盗んだん」

男「山の麓に落ちてたん拾ってきた」

女「それで何をするの」

男「弦の張力でブラックオパールを落ちてく鳥の死体に当てる」

女「馬鹿」

 

雲から滴った凍った精液が電柱と電柱が描く五線紙に絡んだとき、ヴィオラの弓は壊れ、オパールとともに音符を象ったので、彼は鳥の死体に興味を無くした。その大きな音符が浮遊し漂う空、雲に霞んだ太陽の仄かな眼光が雲の切れ間から光のハープを作っているところに、彼のニヒリズムは新しい音楽を当てはめて、空の下で営為する街並みに対して哄笑と殺しの歌を与えた。殺されたのは朝の囁かな音楽に嬉しそうに向かって飛んできた蛙一匹だけだった。


格調高いコンサートホールでの偉大な音楽や奏者への恐怖から解放されたヴィオラの弓は、壊れながらも楽しそうに、彼の腕の気まぐれのままに、哀れな蛙の首の後ろ側を刺し貫いた。蛙の死体を投げた彼は、ただただ悲しくなったが、悲しみの対象は蛙の霊魂でも自身の良心でもなく、マグマから空高くまで監獄とされてしまった地球がやっと不意に遊ぶことのできたひと時を、彼の悪戯が壊してしまったかもしれないこと、そのことにふと大きな悲しみを感じたのだった。火をつけろ。


男「火をつけていい」

女「いいよ。ご自由に」

男「さっきのビスケットも一個ちょうだい」

女「うん」

男「ありがとう」

 

彼はもらったビスケットに、ポケットの中に入っていたスキットルからスピリタスを粗暴にかけて、ライターでビスケットに火をつけた。

「これでこの草原の草花も暇つぶしできるかな」

 

このニュータウンに今まで革命はなかった。すべてが整然と執り行われ、山と林、住宅街、割と近くに聳えるビルの群れ、それらが単純で従順な労働者の機織とでもいったような機械仕掛けで単に和声を律動させていただけだった。カデンツの隙間か真ん中どちらにこのブラックオパールを捨てようか。隙間。彼はウツボカズラの蓋のようにやる気のない手つきで、ブラックオパールを投げた。そしてそれは消滅した。音楽に囁かなディストーションとディレイだけを残して。余韻に気づいたのは烏だけだった。

 

火をつけろ。

死んだオパールに用はない。

生きたかったら炎になれ。

 

どこからか呼ぶ声。

 

炎を分解した爪には罪と愛が滴った。破壊しろ。擦り切れた肋骨が肉体内で芸術になることを求めて肉さえも花に変えた魔法で、地球の胎動に合わせて草原が錆びたシンバルとなったとき、肉の代わりに花でミイラ、頭蓋骨は鐘、血管はフラクタルの氷結でピアノ線、皮膚は打楽器や管楽器に、全て慈悲の歌。身を焼いたら大地の悲痛と一体化できるから。1000人分の夢を花束に、そして自然破壊が進んで悶えるガイアの鳩尾には自分の骨を縫い付けて。ただ地球と性交すればいい。半ば精霊となった俺は森羅万象をもとの姿に、男性名詞と女性名詞に返し、その聖なる原初に幻視者ヨハネの歌声を混ぜて、死を見たい。金管楽器は爆発しても罪の音を轟かせつづけるだろう。アメーバとミドリムシとミジンコとクリオネとアオミドロ、そしてピラニアとヒルを、全てスタッカートの点にしてしまえば、人の足音にも活気が蘇るだろう。その遅すぎたテンポに災いあれ。ヒルたちに貫かれた骨に幸あれ。そしてスピリタスで火炎を。

 

星に火がついたら君も暖かい気持ちで眠れるだろう。その溜息には火の粉が舞って、辛い悪夢が薬味と燃料に、森羅万象と人工千象が象眼されたレンズの群れの交錯に歪ばかり入れ、その皹割れには人々の断末魔が人類へのタナトスを向けているから、全ての都会を一つの固形燃料にし、溜息で彩るこの炎で、焼却だ。血みどろになってしまった人と鳥人の世のタナトスを断頭して焼却できたら、昇華できたら、人の世は幸福になるはずだから、ただ血の管を流れるサイバネスティックを花束にして、怯えることのない街の営みを。破壊衝動はただ胸の疼きに変えた時、疼く億万の霊長類は自然と街を神々の1柱に変えていくだろう。

 

女「寝てた」

男「2時間程」

女「あなたは何してた」

男「俺は幻視の中に居る」

女「帰ってきたら教えて」

男「たぶん今はまだ俺は不在」

女「いつも上の空のあなたはどこで生きてるの」


彼がどちらかの国で目をさましたとき、人の後ろ姿だけが見えていた。窓から入ってきた風はいつもより糸が多い。糸はタンポポだった。命の粉塵が種になっていた。彼は昼の光だけを抱いてまた目を閉じて、息を吸うだけ吸って、そのまま眠りに落ちた。夢想と思考が絡まりあって綾取りとなり、メタファーを原初の自然の姿に浮きあがらせたとき、彼は意識を失った。

 

俺には煉瓦に彼の死だけが見えていた。

0 件のコメント: