2024年2月11日日曜日

1.グノーシス主義の誕生

グノーシス主義とは、ユダヤ教の精神的な感化力が衰えてローマ帝国の戒律としての宗教になってしまい、人々の精神的欲求が彷徨し新たな宗教を求めていた時代、つまり1世紀ちょうどキリスト教が出来たくらいの時代に、ヘレニズム時代の思想やシンクレティズム(複数の宗教が個別的に現象している状態)のなかで生まれた神秘主義である。


宗教というのは、出来た当初はその象徴体系が人々の心理に具体的に機能して精神的な源泉と人の心を繋ぐ役目を果たすものなのだが、だんだん信者が増え時が経つにつれ、ある国や組織のイデオロギーとして利用されることがある。例えばイエス・キリストは、ローマ帝国による圧政や、パリサイ派などにおける形骸化した戒律の裡に、ユダヤ教が象徴体系として人々に息づく精神的価値を喪失していたことを見射抜いていただろう。そしてある種の人々は、精神性への欲求をもつことになる。結果、既存の宗教にとらわれない新しい宗教を人々は求め、西暦の初めのころ、小規模の新興の宗教がたくさん誕生した。その新興の宗教の中でも後に残って大規模なものへと発展していったのが、キリスト教とグノーシス主義なのである。


この二つの大宗教および大神秘主義には、共通点もあれば相違点もある。ユダヤ教パリサイ派、つまりローマ帝国の圧政が強制する過酷な世界において人々を戒律的なユダヤ教が、強制的に与える「現実」への対抗として、イエス・キリストは"革命"の旗を掲げ、グノーシス主義は"精神"を希求した両者ともに反現世的でまた禁欲を勧めるという点で、共通している。出来た当初は、当時のユダヤ教との対置性において共有するものも多く、互いに要素を交換することも多く、時が立つにつれて両者は対立していくことになる。グノーシス主義は3~4世紀に特に地中海地方で勢力をもち、マニ教の母胎となった。マニ教とともに東方にもその勢力を拡大していくのだが、やがてキリスト教から激しく批判されることによって勢力が衰退していくことになる。批判されたのは、グノーシス主義は、ローマ帝国の支配下の世界にそれに対立したものとして生まれたという点と反現世的禁欲的だという点、そして精神性の体現を求めるという点を除いて、多くの点でキリスト教と対立しているからである。反キリスト教的であるということがなるにつれて、キリスト教の教父エイレナイオスや著名な神学者アウグスティヌスらによって長い間批判され続け、ほとんど根絶やしにされてしまう。中世もキリスト教に対抗する神秘主義や錬金術などが生まれるが、代表的には魔女狩りとして、そういう神秘主義はグノーシス主義と同じようにキリスト教から排除され、強い勢力を保つことはなかった。しかし20世紀になってグノーシス主義をはじめ神秘主義や錬金術に精神的な価値を見出して再解釈したのが、ユングである。

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