2023年9月25日月曜日

読書のすすめ

 読書は人生を豊かにしてくれるとよく言われるが、まさにその通りであり、読書によって齎されるものの価値は大きく、効能も大きい。読書で得られるのは決して知識だけではなく、数えきれないほど得られるものがあることは、読書家の当たり前に知ることであり、科学者も脳機能の向上の観点から読書によって得られるメリットが多いとされている。


 人間は言葉を恒常的に使用する生き物であり、脳内には無数の言語に関する回路が根付いているのだから、その言語に関する無数の数の回路が言語全般に反応しうる可能的な量と言うのは膨大であり、人間には莫大な量の言語の総体が開かれていると言えよう。


日常から人間は言語を使用すると言っても、特に読書をしない場合というのは、使われる言語の体系というのは限定されたものであるのだが、読書などの言語的活動をすることで、膨大な量の言語の総体に開かれることになり、日常の限定された言語の体系から大きくはみ出した量の言語が人の精神を駆け巡り得ることになる。


人間の古来から今も続いている多様な言語活動において、あらゆる物、事柄、出来事、状況、感情、心理、イメージ、観念、概念が名付けられ、名辞が与えられているとともに、それらの相互関係が文法に則った一定数の言語で起き並べられ、意味が与えられている。普段の日常生活ではとくに気をとめないような心理やイメージであったり、日常では出会わない出来事であったり、社会生活では特に必要とされないアカデミックな事柄であったりも、作家や学者によって言葉のまとまりで表現され、形や意味が与えられている。つまり、人間には言語の総体が開かれていると同時に、未知の世界が、それに含まれる事象に対して人が言語で名付けと意味付けを行っているということから、どこまでも開かれているのである。


それらは時には、普段は遭遇しない事柄であるためにすっと入ってこなかったり、アカデミックすぎて理解するのが難しかったりすることもあるが、人間の脳に備わっている言語機能の可能性は大きいため、既に知っている言葉や文法、それらが叙述可能な事象の配列から、いくらでも発展して、新しい事象や知識に対して誰でも解釈を行うことができ、そうすることで言語を通し、世界はいくらでも広がっていく。


生き物の図鑑を読めば、掲載されている写真に添えられた言葉での説明により、生物と自然の森羅万象の営みが読む人の心の前に現前し、ありとあらゆる生き物の生態を、家に居ながら知ることができる。生物学の本を読めば、生き物の外観だけでなく内部の構造や機能であったり、生き物の行動の意味や目的を知ることができ、生き物についてより多くのことを、言葉と少数の絵だけで知ることができる。


伝記やノンフィクションを読めば、普段の交流する人との会話だけでは出くわさないような、色々な出来事を追体験することができ、人間世界についての新しい事柄がたくさん自分に開かれていくことになる。小説や文学を読めば、実際にないこと、人間が体験しうる様々な出来事、人間が思い得る色々な心理を体験することができ、現実の実存からはみでた様々なヴィジョンや真理を手にすることができる。


評論文や批評文を読めば、社会上のあるいは学問や芸術の世界の色々な事柄に対して、学のある人が持った意見、それについての思考を、共有することができる上に、様々な意見や思考を取り入れることによって、本の外で現実的に体験する事柄についても、色々と思いめぐらせ深い洞察を持てるようになる。哲学書を読めば、時代と場所を超え、偉大な精神が人間や世界について見抜いた真理に触れることができ、読む人の精神は成長していく。


言語というのは、人間を特徴づける伝達方法であり、単なる視覚や聴覚の直接的な情報とは違って、五感によって感知できない遠くの事象を交通させることができる点で、人間を動物と大きく引き離しているものである。人間に生まれたからには、見たこともない生き物の羽の構造を知ることもできれば、3000年前の哲学者が抱いた思考を共有することもでき、宇宙の果ての星の営みを知ることもでき、フィクション上の冒険や景色を体験できるのである。体験しうるであろう社会上の事柄についても、全く知らない他人の経験を言語を通して追体験することで、社会生活上で自分の物として起こしうる行動や思考の可能性も増していき、行動の指針であったり出来事に対する解釈であったりが増大していくことから、実際に社会生活を行動面でも精神面でも豊かにしていくだろう。


映像や音声での情報とは違い、単語が文法によって羅列されている言語においては、無数の情報が抽象された形で一語に集約されているので、言語一語そのものが五感に関する脳の領域に与える一次的情報は少なくとも、それを解釈する思考というのはどこまでも広がり得り、解釈の結果として脳内を駆け巡る情報量というのは、映像や音声を上回ることが多い。本には夥しい量の言葉がコンパクトにぎっしりと詰まっていて、言語そのものは五感がそぎ落とされた抽象の結果の記号であるが、それをしっかりと解釈し、脳の中で具体化、イメージすることによって、一冊の本は一本の映画よりも遥かに多くの情報を人間に齎し得るものである。


映像での表現に触れることとの決定的な違いは、読書などで言葉の並び、文章を解釈する過程で、精神活動がより強度に発動することだろう。映像においては五感の情報がほとんどそのまま解釈されるだけであるが、文章を解釈するプロセスにおいて、言葉に意味を見出そうとするとき、人は意識的であれ無意識的にであれ、過去に体験した出来事、過去に思考した内容を想起し、それらを素材として言葉の並びに想像しながらあるいは考えながら解釈を下すということを行う。つまりその過程で、今までその人が体験した色々な出来事の意味するところが組み合わされたり、今まで思考してきて精神が諸々の事象に見出してきた意味が意識上に浮上して新たな解釈が構成されたりと、とにかく精神が機能することによって文章解釈において意味付けがなされる。五感が体験すること、見ている映像の内容に比べて、読書などで文章を読んでいるときというのは、そのように精神が機能している度合が大きい分だけ、それまでの思考や体験の軌跡から蓄積された様々な意味や価値、それらから導き得る色々な思考が意識に登ること、そして現前している未知の文章から新たな意味や価値や思考を能動的に構成していくことから、非常に意義深い活動であると言える。


上記までは読書の意義の一般論や、当たり前の事を抽象化しつつ詳しく書いてみたが、具体的にはどのような効能があるのだろうか。読書の効能を並べてみよう。


・新しいことを知ることができる

・語彙が増える

・思考力がつく

・想像力がつく

・文章力が上がる

・コミュニケーション力が上がる

・人と話すときの話題が増える

・興味や関心を手軽にいくらでも広げることができる

・社会および人間世界全般の把握が広がることで行動の指針や可能性が増える

・日常では体験しえない遠くの事柄やフィクション上の出来事を疑似的に体験できる

・様々なことに対して色々な見解や意見を持つことができる

・脳機能が全体的に向上する


すぐに思いついたものだけ並べてみたが、他にも色々な効能があり、とにかく人を賢くさせ、知っていることを増やし、人との相互関係を多様にする素養となり、社会生活上であれ精神的にであれ可能性を大きく拡大させ、生きることを有意義にするものであろうと思う。


最後に挙げた脳機能の向上について、実証されている事を以下に書いてみたい。


オックスフォード大学の神経学の教授であるジョン・ステイン氏によると、「読書は大脳のトレーニング」だそうだ。読書中の脳の状態を実際にMRIでスキャンしたところ、本の言葉で表記されている景色、音、味、香りなどを想像しただけで、それらに対応する大脳の各領域が活性化し、新しい神経回路が発生したとのこと。つまり、言語に関する脳の領域だけでなく、想像力によって本の中の五感情報をイメージに構成していく過程で、五感に関する脳の領域も活動して五感に関する神経回路も増えていくのである。


カナダのヨーク大学の心理学者、レイモンド・マー氏によると、読書によってストーリを理解して他人の考えや感情を理解しようと努めた脳において、脳の神経回路の重なりが増えていた、ということがMRIによる分析で‏明らかになった。このことから、読書することで他人の立場にたって考えたり他人に感情移入や共感を行う脳の機能が向上することがわかる。


エモリー大学の研究によると、ボランティアの学生に9夜連続で小説を読ませたところ、左の側頭葉の脳細胞の繋がりが増加していることが顕著にMRIの結果に表れた。興味深いことは、スキャンしたのは読書中ではなく読書後であったことから、左側頭葉の神経回路はたった9夜のことでその時だけでなく後に残るものとして増えたことになる、ということである。


他にも読書の効能を脳科学的に実証した実験というのはたくさんあり、脳の機能を向上させるうえで読書と言うのは非常に良いものであることが示されている。


読書をすることで、言語に関する脳の領域が強度に活動することはもちろんであるが、小説など五感情報に関わる事象が言語化されている表現を読むことにおいては脳の五感の領域が活動し、またストーリーにおいて人の思考や感情や人の状況が語られる表現を読むことで感情や状況や思考を理解する脳の領域が活動し、神経回路が増える。それも、読後もしっかりのこる増え方なのである。とにかく読書をすることで、脳のあちこちで神経細胞が繋がり、シナプスが形成され、飛躍的にシナプスを増やすことができる。たとえば音楽家は音に関するシナプスが普通の人に比べてはるかに多いため、音楽のワンフレーズを聞いただけで色々な感覚や感情が脳内を過り、それに対する論理的思考も発生したりするが、それと同じように、読書をすることで様々な事象に関するシナプスを増やすことで、同じ一つの出来事や言葉に対し、たくさんの思考や感慨やイメージを持つことができるようになり、日常に体験する情報に対しても脳内に駆け巡る印象や解釈が豊かになるだろう。



とにかく読書は、人を豊かにする。せっかくどんな人にとっても安価で手に入る本という媒体の上に、広大な世界が無数に広がっているのだから、人間に生まれたからには、人生を有意義にするために、読書を行わない手はない。幸い、書店や図書館に行けば、無数のジャンルの本が置いてあるので、普段読書をしない人もどれかには興味を持てるだろう。興味をもったタイトルの本、ふと目に入った本からでも、少しでも読んでいけば、興味や関心は広がっていき、新しい言葉、新しい出来事や物事、新しい五感、新しい考えなどを、体験することができ、心は豊かになっていくだろう。

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